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大仰なタイトルですが、語ってみたくなったので。
AB9話後に考えてたんですが今更。

今回の記事はAngel Beats!9話までの内容、及びクロスチャンネル、シュタインズゲート、家族計画のネタバレを含む可能性があるので、一応気をつけてください。そしてこんなに制限したらただの自己満足ですが、そういうブログだしいいよね!
いわゆる俺得。



Angel Beast!9話において示されたストーリーは、
主人公の、仲間の救済という方向性でした。

こうした物語構成は、ADVゲームに採られる手法でもあります。
『CROSS†CHANNEL』において太一が世界を観測して、
その後仲間たちを元の世界に戻していくという過程は、
ABの今後の展開を考える上で面白い示唆であると思います。
(他のADVでもありそうだけど分かりません!)

読み手の視点においては、語り手である主人公によって、
世界が語られ、行動が行われる形式になってます。
例えば同じ田中ロミオの代表作である『家族計画』においても、
分岐ルートにおいて"家族"の抱える問題を一つずつ解決し、
その成立において最終的には大団円ならずとも、
一つの救済をハッピーエンドとして語る構成が見られます。

もちろんADVゲームのキャラ分岐概念においては、
大なり小なりそういう構成になるのは当然とも言えます。
しかしここで敢えて『CROSS†CHANNEL』を引き合いに出すのは、
語り手の"観測者"の視点というものを仄めかしつつ、
全ての救済を経て最終的に大団円に至るという、
ルート分岐型ADVゲームにおいて、独特の手法を採っていることにあります。

恋愛シミュレーションゲームにおいては、
一つのルートが完結した際、多少の後日談が語られたとしても、
主人公と一人のパートナーの幸福によって物語が成立し、
その世界における他者に関する言及が深められることは稀です。
しかしこうした構成は、ストーリーが一本筋に固定されるアニメにおいて、
複数話完結→ループという構成をとらない限り困難でしょう。

『CROSS†CHANNEL』においては、
ループ世界という概念においてこの問題の解決を狙っています。
一本のシナリオにおいて、一つの物語の救済の後に、
再び世界が始まるという画期的な手法は、
世界の分岐を見せつつ、物語の分岐を収束させるという点で、
一つの大団円へ至る可能性を示しています。

『シュタインズゲート』においては、
多世界解釈を導入することでこの問題の解決を図っています。
そして、世界を"シュタインズゲート"に収束させることで、
分岐した世界における解決を、最終的に一本に結ぶ、
つまり大団円に至らしめることに一応成功はしているわけです。
しかし多世界解釈を採る以上、観測者と他者の得たものに齟齬が存在し、
観測者、あるいは読み手においての大団円は、
必ずしも世界における大団円とは一概に言いがたい点は看過できません。

二つのテクストにおいて、物語の語り手が、
世界の観測者であるという共通項があることは注目すべき点です。
もちろんテクスト論に拠って立てば、
語られる内容においてのみテクストを解釈できるわけですが、
あえて物語中に"世界を観測する"というファクターを明記することで、
より一層読み手と語り手の距離感を協調しているように見えます。

同時に双方ともに、観測された世界は、
世界において共通認識ではないという点も見逃せません。
『CROSS†CHANNEL』におけるループ世界は、
太一が世界のループに気付くまでの時間、
及び、美希がループ世界を認識していない時間において、
読み手のみが物語世界を観測しているということになります。
『シュタインズゲート』における岡部の観測している世界と、
読み手の観測している世界はほぼ同質であるといえますが、
世界線の変動によって物語世界においての共通認識のズレ、
また世界線の固定における岡部自身の固定という点によって、
語り手と読み手の世界が乖離することになっています。

では、『Angel Beats!』においてはどうでしょうか。
もちろん音無が世界の観測者であるというのは、
あくまでもテクスト論的な視点に立った見方になります。
"世界の観測"という言葉の解釈に関しては、
当然3つの作品は異なる性質を持つものです。

しかし物語において、PCとNPCという概念が提示されていることは、
これらを結びつける重要なメタファーになっています。
"消えていない"PCと、学校生活を送るNPCという対比構造は、
どこか独我論的な暗示めいているとも言えます。
単純なテクスト論によるような解釈を越えて、
語り手の世界解釈、観測を主眼に置いた場合、
PCである音無の観測する世界と、目的とする救済は、
上述の"世界観測型ADV"とよく似た構造と言えるのではないでしょうか。

ここで問題になるのは、その媒体が連続放映アニメであるという点です。
『Angel Beats!』においては、ADVゲームが試みてきた手法ではなく、
完全な一つのストーリーにおいて、読み手と語り手が同じ世界を観測し、
その語られる世界を解釈していくという形式になっています。

もちろん救済された人格が"成仏"するという手法において、
『CROSS†CHANNEL』で用いた"送還"のように、
救済と同時に世界からキャラクターを追放するという構成は、
観測できない世界の語りを排除するとともに、
アニメ媒体による三人称視点、及び一人称視点の変更によって、
語り手と読み手の観測する世界の矛盾を補っているとは言えます。

『Angel Beats!』において、ADVとは違った技法で試みられた、
語り手と読み手に並行的に世界を解釈させながら、
物語を収束させる構成はどこへ帰着していくのか、
非常に興味深いものです。



結論などない。

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2010.06.02 Wed l アニメ l コメント (0) トラックバック (0) l top

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